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2016.06.05 / BLOG デザインと開発(Design & develop of products) 

「デザインコンセプト」10 日本発の自転車とは・・・

6月に入りました。
東京はもうすぐ梅雨に入ります。わが街の家々の庭先には、紫陽花が咲いています。
最近の「紫陽花」は、輸入の種類も多いようで、小ぶりのものから、大きなものまで、形やサイズにも、以前にはあまり目にしていなかったものも目につきます。

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家の周りの住宅地に咲いている「紫陽花」は、青いものが7割くらい、白に近いのが2割くらい、紫1割で赤色のものがほとんど見当たりませんでした。
確か中学校の理科授業で、「紫陽花の色は土壌の酸性アルカリ性で決まる」ようなこと習ったような気がして、「杉並の土地はアルカリ性なのかしら?」などと思い
インターネットで調べてみると・・・
酸性の土壌で育った紫陽花は「青」アルカリ性の土壌で育った紫陽花は「赤」の花をつけるのですって・・・そして中性は「青紫」・・
リトマス紙とは反対だったのですね・・・以外でした・・
近年の都市部の「酸性雨」などと関わりがあるのかしら?

また、咲いている最中にも紅葉のように色の変化もあるようです。虫のおびき寄せなど、生物学的に何かの意味があるのでしょうか?面白いですね。

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今回10回目を迎え、車体の「デザインコンセプト」のお話を最終にしたいと思います。
「5LINKSは日本独自のブランドにしたかった」というお話です。

5LINKSはほぼ15年ほど前に、着想と企画が始まりました。以前に書いたとおりの流れです。
当初「5LINKS プロジェクト」は「傘(KASA BIKE) プロジェクト」という名称で始まりました。

project start

以下、当時の開発企画書にあるネーミングの想いです。
ネーミングを「傘」とした理由は、
・日本発のデザインなので日本語(漢字)の名称にしたかった
・身近な用品として、「目的にあわせ携帯する」というイメージと重なるため
・「傘」のたたみ方になんとなく似るかもという想いから
・日本語として有名で簡単な単語だから
・「傘」と言う字のデザインが面白いから
・往年、「戦車」開発の秘話としてイギリスがドイツへの秘密を保持するため、タンク(給水車)とのコードネームで開発した事にもじって
・欧米等にもCASA(城)の同音語が存在するので
これらの願いをこめて命名しました。

当時の私は、このプロジェクトをもって「日本人が企画し」「日本人社会で使いやすく」「日本人の手で作られる」自転車としたかったのです。

私は、自転車の企画書と簡単な図と1/5模型をもって、当時自分で行くことのできる、国内の「自転車のフレームビルダー」、「自動車レース車体を製造する修理工場」、「アルミ製車いすメーカー」などをめぐりました。そして最終的には数年後、埼玉県坂戸にある「絹(シルク)自転車」製造会社にたどり着くのですが・・・

「日本発で日本人が日本人のために作った自転車」という「夢」ははかなかった。
当時の私は甘かったのです。
その時すでに日本は量産自転車の生産国ではなかったのです。
すなわち、一般車のフレームの溶接(特にアルミなど)をする量産工場が、ほぼ皆無でしたし、5LINKSで使用する部品に関しても、日本で製造されているものが少なかったのです。
もちろん私個人の小ロットの企画などを具現化していただけるOEMメーカーなども存在せず、日本は「自転車の市場(マーケット)」消費国であったわけです。

印象的な思い出は、とある日本のフレームビルダーにこの案件を持ち込むと、「あなた幾らお金を持っているのですか?うちはアルミはやってないから、外注になるし、1台試作車を作るだけでも価格が幾らになるかわからない」と返答されたこと。
日本のリムブランドの会社に電話をかけ、「試作車の14インチのリムを調達したいのだけれども」と質問すると、「いま日本では作ってないから、100本単位なら海外オーダーをかけられる」との返答を受けた時などです。

いろいろな経緯があり、現在の私の師匠である「絹自転車」のA氏に出会うと、
「「中国」か「台湾」でしかアルミ製折り畳み自転車の量産製造はできない」
とのアドバイスをいただき、彼の工場で鉄製の構造試作車を作ってもらった後に、「台湾・中国行脚」OEM工場探しを始めたのでした。着想から4年後、2006年頃の話です。

その時点で、「傘」プロジェクトの「日本で生産される量産自転車」の夢は、もろくも崩れ去ったのでした。
もちろん、当時、自分に自前の自転車工場を作ってしまうというくらいの投資力があれば、もしくは私がすでに実績のあるデザイナーで、運よく大手自転車企業等の協力が得られれば、別の結末があったかもしれません・・・

フレームの部材は(特にアルミ)はアジアではほとんど台湾や中国でしか、自転車用のパイプが調達できない。
企画が日本のメーカーであっても、量産品の殆どは国外の工場で生産されている。
パーツなどではブランド名が日本の名称でも、すでに、台湾資本などに買収され、「日本時代のブランド名」だけが残っている。よって企画も外国人主体によってなされている。
こんな現実を体感したのです。

自転車は、多くのパーツでくみ上げられている機械です。パーツの多くは海外製ですから「日本独自生産」ということは不可能なわけです。
しかし便法として
・パーツを海外から調達したけれども、完成車の組み上げを日本で行った場合(CKDで輸入生産)
は、[made in japan](日本国製造)という呼称をすることはできます。

自動車の「日産」や「トヨタ」でも部品の海外調達率上がっているはずですので、自転車の世界にかかわらず同様なグローバル化が起こっている訳です。
しかし自転車の場合は極端で、完成車の組み上げまでの一貫の工程が、ほとんど海外に移転されてしまったわけです。

製造コストの安い国に、製造インフラを取られる。
ピラミッドの底辺を経済法則の観点からのみ判断して一度安易に海外移転してしまうと、完成品までの工程も技術も全て海外に持っていかれてしまう。
過去には「世界一の自転車生産・輸出国」であった日本はその地位を失いました。
日本の自転車産業は、1980年のオイルショックを発端に、国の円高政策と、単なる自由経済法則の流れを安易に許すことよって、「世界一の自転車輸出国」のタイトルを「台湾」に「中国」に譲らざるを得なかったわけです。
これは日本に限ったことではなく、欧米のメーカー(ブランド)も同様な歴史をたどります。

面白いことに、この自転車業界で1980年に起こった流れを、「反省材料」として「国家単位の政策」に位置付け「真の国内産業の生き残りと育成」を研究し反映しなかった日本では、最近になって、「円高による、各産業の技術・工場の海外流出加速」や「大手家電製品メーカーの赤字や倒産」など、売上高では自転車業界とは桁違いの産業でも、同じような現象が起きており、巷で大きなニュースとなっています。
「国内産業の生き残・育成」と「経済的自由競争」のバランスを、資本主義経済の名のもとに国家単位で無策とした付けが回ってきており、国民の生産性やモチベーションの低下につながる原因となっているようです。
「モノづくり日本」と宣言するには、だれがどの程度の責任を持つべきか・・・

気持ちを入れ直し「台湾」の工場を訪れた私はびっくりしました。

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日本で「傘」を作ろうとしたときに、フレームに使用するアルミ管を選択しようとしたら、単純な「円管」と「角型管」しか調達できないであろうということでシンプルな車両デザインを描いていったのですが、実際フレーム製造工場に行くと、
工場の棚(幅10m高さ3mくらいでしょうか)に、無造作に何百種類という形のチューブ(トップチューブ、ダウンチューブ等)が刺さっていて、まるでミツバチの巣のような光景を見せられたのです。
そして係の人から、「好きなパイプを選んで」と言われたのです。
変わった形状の押し出し管やハイドロフォーミング技術などを使った管が選び放題で、曲げ加工や厚み、テーパーなどもお好みで変更が効くというのです。

また、スポーク張りの工場に連れて行ってもらうと、人海戦術で職人がスポーク張りをしていると想像していたら、「自動スポーク張り機」が広い室内に並んでおり、少ない作業人数で「ガチャン、プシュー」という単調なリズムで、続々と高級ホイール作りの作業が行われていたのです。
「生産国の強み」を実感しました。「日本」と彼の国の差を強く感じました。

そんな経緯で、5LINKS1は直ちに、「反り」のあるメインチューブのデザインに変更されました。

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私が日本人らしいと感じるデザインを、台湾の方が容易に実現してくれたのです!!

その時から、私の頭の中で考え方が少しづつ変わってきました。

「日本発のデザイン・製造」とこだわっていたことは何なのだろう??
また、そのことに何の効用があるのだろうか?

この思いは、台湾の方と接する都度、また、工場で5LINKSの企画が進むほど強くなっていきました。

そして、量産試作が完成し、発売の日程が明確になっていくに従って、少しずつ思いが固まってきました。

物を作る場合
「日本人」として「その土地に住んでいれば、そこの事情に合ったモノづくりをすることは、外国人よりも有利であろう」
それが「日本発」の本来的な意味であり、そこに「日本人らしいモノづくり」を反映させれば良いのではないか?
例えば、製品を海外で作ったとしても、国内で作ったとしても、操作性や、品質を消費国のニーズに合わせていかなくてはならない。最初は失敗もあるかもしれないけれども、地道に改良をして、品質を上げていく手法は、「日本人独特」の気質に基づいてはいないか?
ひいてはそれを作る海外の人にも、「日本人の物つくりの特性」を共有できるのではないか?

どこの国で仕事をしても、自分が「自分の思う日本人」らしさを主張し、話し合い続ければ、良い結果が生まれてくるのではないか?

そんなことを考えるようになりました。

そこで、販売に際し「傘 バイク」のネーミングを変更することとしました。
もちろん、日本人の協力者からも「傘?パッとしない名前だよね・・」「売りにくいのじゃないの?」などと言われたりもしたのですが・・・
また、台湾・中国人は「傘」を音読みで「サン」と読みます。その読みが「散る」(サン)と重なるので、人にプレゼントするときに不吉な「傘」は絶対に贈らない、という話にも影響されたような気がします・・・

「電車」「バス」「飛行機」「船」「徒歩」の移動手段との併用を前提に
「アジア」「アメリカ」「ヨーロッパ」「オセアニア」「アフリカ」5つの大陸を自由に移動できる移動体
をモットーに「5LINKS」(ファイブリンクス)という名前に変更されましたが、
もう一つ、
「日本人」に限らない5大陸の人「たくさんの民族」と共同で作り上げる、もしくは「いろいろな国の人と」交わることのできる
という意味も込められていたのです。

五輪図

こんな思いが、現在の5LINKSのコンセプトになっています。

5LINKSのフレームの下面、BB(ボトムブラケット)シェルには、「MADE IN TAIWAN」の文字が、差し色と同じ配色で明瞭に印刷されています。
その下の車体番号のほうが刻印で目立たないほどです。

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日本発のデザインだって、台湾の人々が一生懸命 具現化してくれたのですから、はっきりと表示をしたかったのです。

しかし、いつの日かチャンスがあれば、「日本国内で作品を製造してみたい」という思いも、ふつふつと心の底に流れてはいるのですが・・・・

 

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